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「最強戦の申し子」鈴木優 退会から再入会、最高位まで駆け上った麻雀プロ

「最強戦の申し子」とまで呼ばれた鈴木優。最高位戦に入会するも退会。

そこから再び入会し、最高位を獲得するまでとなった彼の波瀾万丈な麻雀人生を本記事で解説していこう。

基本プロフィール

生年月日:1981年9月13日
出身地:愛知県豊橋市
血液型:O型

麻雀との出会い

愛知県豊橋市で生まれ育った鈴木。小学校の時はサッカーに打ち込んでいた。

さらに両親から習い事も多く通わせてもらい、文武両道な少年だった。

中学校ではハンドボール部に所属。しかし、部活では人間関係が苦痛でいい思い出がない。

また、勉強は好きだったがあまり生活態度がよろしくなく、内申点は今ひとつ。厳しかった両親の期待には応えられず、普通の高校に進んだ。

高校でも人間関係はあまり改善されず。卒業はしたものの、あまり学校には出なかったという。

そんな鈴木が麻雀に出会ったのは高校の卒業旅行。ルールもろくに知らずに打ったところ、当然のぼろ負け。

しかし、そこで鈴木本来の負けず嫌いが発揮。麻雀本を買ってルールを覚えて、父親からも麻雀を教わった。

そしてその旅行から一週間後のリベンジマッチで見事に勝利。そこから麻雀にのめり込んでいくようになる。

その後、フリー雀荘デビューをした鈴木だったがそこでも最初は惨敗からのスタート。

だがまたもそれを切欠に麻雀に打ち込み、雀荘に通い詰めるようになった。

大学には入学していたものの中退。雀荘のメンバーとしてひたすらに働いた。

そして2002年に最高位戦日本プロ麻雀協会のテストを受け合格。第27期生として入会し、豊橋初の麻雀プロとなった。

プロ入り後の活躍

雀荘経営と退会

プロ入り後は豊橋の雀荘を辞めて上京。東京の雀荘で働きながらリーグ戦を戦う日々。

ただ、その雀荘で働くうちに地元豊橋に雀荘を作りたいという思いが芽生え始める。

そして2006年9月に「麻雀ばとるふぃ~るど」をオープン。開業にあたってひたすら経営に打ち込み、最高位戦も同時に退会した。

その後、再び鈴木が最高位戦に復帰するまでには多少の時間を要することになる。

魚谷との出会い

雀荘で働く鈴木。そこにある一人の女流プロが現われた。それは現Mリーガーでもある魚谷侑未。プロ入り1年目の彼女は、豊橋の雀荘で働きながら鈴木に麻雀の教えを請うた。

その頃の鈴木はアマチュアではあるものの、2007、2008と麻雀最強戦の本戦に2年連続で出場するという快挙を成し遂げており、その経歴に注目したものと思われる。

強くなろうとひたすら麻雀を打ち続ける魚谷。その姿に鈴木自身もプロへの情熱が再び燃え上がった。

そして、2011年に第36期前期で最高位戦日本プロ麻雀協会に再入会。プロとしての活動を再開した。

再入会

再びプロ入りを果たした鈴木。2012年に麻雀最強戦の全日本プロ代表戦で約200名の中から勝ち抜き、またも本戦に出場。この最強戦での強さから「最強戦の申し子」と呼ばれるようになる。

その後、2020年に最高位戦のトップリーグ・A1リーグに昇級。2021年には第46期最高位に輝いた。

村上淳

鈴木が自団体で最も尊敬する先輩は村上淳。

最高位戦Classicにて、自身の対局が終わった時点で周りの対局終了を待たずに帰ろうとした鈴木。それをその日の立会人だった村上が咎めた。

単純に麻雀だけでなく、最高位戦のプロとしての振る舞いを教えてもらったのが村上だという。

鈴木の雀風

鈴木の雀風は攻撃型。自身の著書のタイトルにもしているように、牌理だけではなく相手の所作や心理まで含めた繊細な読みを得意とする。

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感想(1件)

その読みを活かしてギリギリのところまで踏み込む。この押しの強さが鈴木の強さだといえる。鳴きも使いこなすオールラウンダー。


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